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54546d30 K 2016-09-01 05:13
>>064bd281

なぜ、記憶をさかのぼって書き換えることが可能なのですか?時系列的におかしくないでしょうか?

オールドタイマー氏の心の機械仕掛けが彼女に影響を与えたのではありませんか?

ただ、女性は往々にして、質問に関係なく自分の話したいことだけを話すものですよね。その辺りの脳のメカニズムは詳しくはありませんが。

オールドタイマー氏の事例の場合、彼女がオールドタイマー氏について、何かを語ったわけではなく、オールドタイマー氏が話して欲しかった(本音の質問)を彼女が語ったということですよね。

催眠やコールドリーディングや読心術と、テレパシーの違いは、相手の本音だけでなく、出身地や生い立ちや家族構成、悩みに加えて秘密までも言い当てることができるということだと思います。

高橋佳子氏は、これだけでなく前世も含めて(宿命通)、相手のケースや課題をメタで見抜き、数分で的確なアドバイスまで与えるという点が優れています。

あと、右派の集会の出来事ですが、それは、単に心理学で言うラポールを築いたに過ぎないのではありませんか?にっこり笑顔でクリアーさえも催眠に掛かるのなら、世の中のセールスマンは苦労しませんよ。むしろ、ハイクラスな人ほど媚びを売られるのが嫌いなので、不快に感じるでしょうね。
18dd9305 Old Timer i1b5ibip3kS 2016-09-01 07:28
>>54546d30

出身地、生い立ち、家族構成はあらかじめ調べることが可能だ。つまり、調べることができた相手に対してのみ、
高橋氏が「テレパシー」能力を発揮していた可能性がある。

さくらんぼの件も、会員が話しているのを誰かが聞いて、あらかじめ高橋氏に告げた可能性がある。あるいは、さくらんぼが旬になる
季節に、複数の会員にさくらんぼを送れば、買うのがちょっと早すぎたさくらんぼを食べた家族にある程度の確率で行き当たる。

相手の悩みを言い当てるのも、「心理学で言うラポールを築いたに過ぎない」で説明可能だよね。他にも、ユンクの心理学を
勉強すればわかるが、人はもともと無数の悩みを抱えている。だから、適当に何かを言っても、当たっちゃうんだよ。詳細については、
記憶の書き換えで説明可能だ。

前世については、具体的な検証を経なければ、正しいかどうかはわからない。だが、他人の前世についての
発言を検証するのは非常に難しい。俺が過去の誰かについて詳しく調べておいて、そなたは前世で何某という
人物だったということだってできる。

テレパシーの立証には、めちゃめちゃ厳格なコントロール下の実験が必要なのさ。例えば、密室にてある人物にカードを見せ、
その人物が見ている絵柄を、別の部屋にいる能力者がテレパシーで読みとめるかどうかという実験でも、実に厳格なコントロールが
必要になる。

--

意図的ににっこり笑うのはかなり難しい。無理に作った笑顔では、いくつかの表情が混ざってしまう。もちろん、演劇の経験があればできるかも
しれない。普通の人も、聴聞士として3年くらい経験を積めば、できるようになるかもしれない。ちなみに、俺はこの生涯で演劇3年、聴聞5年の
経験がある。それでも、ある程度の確率でしか瞬間催眠を成立させられない。ちなみに、相手が「ハイクラス」かどうかは関係がある。
「ハイクラス」な人ほど、相手を信頼しやすいことが、行動経済学で知られている。

喧嘩の仲裁の時、俺は最初の発言で一方的に断定した。質問して答えを探ったのではない。しかし、俺が提示した「原因」が著しく不合理でなかったため、心は記憶を書き換え、それを喧嘩の「原因」として受け入れたのだよ。心が記憶を上書きすることは、すでに
知られている。ジョン・コートルの『記憶は嘘をつく』に詳しく書かれている。

--

それでもなお、テレパシー能力そのものは存在する。普通の人を対象にした実験でかなり強い根拠が示された。だから、高橋氏の能力が
本物である可能性も残るし、俺が喧嘩の仲裁の時にテレパシー能力を発揮した可能性もある。
de5b0b0f K 2016-09-01 08:16
>>18dd9305

うーん、やっぱり私にはオールドタイマー氏の説は、一般的に無理があるというか、解釈が飛躍しすぎだと思います。

高橋氏は、テレパシーがないと一般的解釈でいいです。

同じ厳格さんを問うのであれば、オールドタイマー氏の説は検証が全く伴っていませんね。

今のところ、オールドタイマー氏の事例に関しては、ラポールが一番自然な解釈だと思います。
328a1629 anonymous 2016-09-01 08:19
>>de5b0b0f

訂正。

同じ厳格さん→同じ厳格さ
de8971af Old Timer i1b5ibip3kS 2016-09-01 13:52
>>de5b0b0f

そう、俺の経験ももちろん厳格な検証を伴わないのだから、信頼性において高橋
氏の各種能力と同程度だろう。だから、可能性としては、高橋氏のテレパシー能
力があったかもしれない。そして、俺がやってのけたことも俺自身が気が付いて
いないテレパシー能力であったかもしれない。

そなたが「ラポール」と呼ぶものと、俺が「瞬間催眠」と呼ぶものには、たぶん、
重なる部分があると思う。だから、俺の投稿のなかの「瞬間催眠」をそなたが
「ラポール」と置き換えて解釈しても、俺としては全くかまわない。記憶の上書
きという現象そのものはありふれている。だから、テレパシー以外に、記憶の上
書きの可能性もある。

そして、両方が部分的にかかわっている可能性もある。

さて、俺が高橋信次をかなり強く疑うのは、彼の能力や知識が学術界に対して、
いかなる形でも、さらされていないからだ。

彼の「異言」が本当にパーリ語やサンスクリット語として正しいかどうかは、彼
がそれらの言語を話しているところや、彼がそれらの言語で書いたものを、言語
学者に見せれば分かることだったはずだが、なされていない。一方、ダスカロス
は前世で使用していた言語に関連する分野で博士論文を書き、学位を取得してい
る。

高橋信次の「念動力」を目撃したのは、何の訓練も受けていない人たちだった。
一方、中国の張宝勝の能力は、日本人が用意した測定器でも捉えられている。

ところで、高橋氏自身は、GLAの会員にまずは疑うことを説いている。彼を高く
評価するならば、なおさら、疑うことこそ彼の教えに沿うことになる。
aeb9a52d Old Timer i1b5ibip3kS 2016-09-01 14:05
では、幅度はどうかといえば、少なくとも1950年代前半まで、もしかしたら1960
年代前半まで、彼は学術界と向き合った。クリアーの能力を検証にさらしたりし
ていたのだ。幅度由来の技術のうち、俺が高く評価しているのもまずは黄金期と
白銀期のものが中心となっている。

その後、幅度は学術と疎遠になっていくのだが、彼のかつての主張が学術界の最
近の見解と一致する案件は増えている。ナイアシンはかつて有害だとみなされて
いたが、今や栄養補助食品などに添加されている。セロトニン代謝にかかわるプ
ロザックを幅度は有害としていて、現在の精神医学会ではプロザックがドーパミ
ンの生成を阻害することが知られるようになり、精神科医も処方に慎重になって
きている。そして、鬱病の劇症期においても、精神医学の最先端ではカウンセリ
ングに効果があると判断するようになった。

幅度は完全に信頼するには間違いが多すぎるが、無視するには正しすぎる。
6d26d104 Old Timer i1b5ibip3kS 2016-09-01 14:24
高橋信次はイエス・キリストを高く評価していた。俺も多分別の理由でイエスを
高く評価している。

イエスは「人を裁くな。汝も裁かれないためである」と教えた。古のユダヤ社会
で、最高権威は、王が不在の場合には預言者、預言者が不在の場合は裁き人だっ
た。彼は裁き人の権威に挑戦しつつ、宗教を信じる人に、裁くことをやめること
で、裁かれない自由が手に入るのだと説いた。政治と教会の分離は、最初から、
イエスの教えに含まれていたのだ。

人類がイエスに追いつくには、実に約1800年の時間が必要だった。

1789年のフランス革命と、2ヵ年後の合衆国憲法への修正第1項で、人類は政教分
離をようやく実現した。そして今、この流れは世界の約160ヵ国に広がりを見せ
ている。
9f436108 K 2016-09-01 14:46
>>de8971af

その通りです。高橋信次氏の初期の教えは、他力でなく自力、信仰ではなく理性を説いていました。また、真の先祖供養とは、持って生まれた才能を活かし切ることだと説き、既成宗教の形式化や他力信仰を批判しました。また、本来の釈迦が説いた教えは自力の教えだとも語りました。

高橋信次氏は、晩年に(宗教によくあるパターンですが)教祖化してしまいました。そして、晩年の高橋信次氏の形式だけを真似て、大川隆法が幸福の科学を設立しますが、その教えは高橋信次氏の教えとは似ても似つかぬものです。

LRHは、同様に晩年に教祖化してしまいました。やはり、完璧な人間はいませんし、二面性は個性の裏返しでもあると思います。なので、一人の人物の全てを受容するのではなく、是々非々で選別して採り入れなければならないと、改めて思います。
d88cae20 K 2016-09-01 17:15
>>6d26d104

イエス・キリストは、基本的に革命家でしたね。安息日などユダヤ教のルールや権威や形式主義を次々と否定していきました。

旧約聖書と新約聖書が一冊の本になっているのは、マルクスとエドマンド・バークの本が一冊になっているようなものだと思います。
4185c624 Old Timer i1b5ibip3kS 2016-09-01 17:26
>>9f436108

これは俺の個人的な考えなんだが……

コグが大仰なものになると危ない。それは、扱っている対象が持ち前の能力に対して大きすぎることを意味している。

コグの上に新しい実践を築き、結果としてコグにコグを重ねると危ない。それは多くのチャージを放置することにつながりやすい。
実践体系の創始者はいつもこの危険性にさらされている。

孔子曰く:

` 吾十有(ゆう)五にして学に志す。
` 三十にして立つ。
` 四十にして惑わず。
` 五十にして天命を知る。
` 六十にして耳順(したが)ふ。
` 七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰(こ)えず。

「天命を知る」は大げさだが、「耳順う」や、「矩を踰えず」 ― これは「引き寄せ」に通じるものがあるけどね ― は地味だ。
実践が長期にわたって良好な効果をもたらすのであれば、人生は気楽になり、コグの表現はこのように地味になっていくと思う。

けれど、その地味な言葉を語る孔子の発想の壮大さは、イエスのそれすら超えている。

1750年にスウェーデン政府が世界で初めて自国民の平均寿命を算出した。それは約38年間だった。
孔子が生きていたのはそれより2300ヵ年以上前のことだ。人が若く死ぬ時代において、なんとまあ悠々とした態度だろう!

儒学は子供に老成を強いるものとして批判され、糾弾されてきたが、本来、15歳未満の子供のための学問ではなかった。

孔子は生涯教育を説いた。しかし、ユネスコが世界に向けて生涯教育を推進し始めたのは1965年のことだ。
人類が孔子に追いつき始めるまで、実に2500ヵ年を超える年月が必要だった。
e525795f K 2016-09-01 17:43
>>4185c624

それは、コグニションを消化しきる前に、次々と、新たなコグニションを重ねてしまうからでしょうか?
f3dfa3b3 金田一 2016-09-01 19:44
 リサ・マクファーソンの変死事件で、菜園教会は、気になることを言っています。
 マイク・リンダーという元菜園教会人が、菜園を辞めて、今批判者になっています。菜園教会は、批判者を悪く言いますが、「マイク・リンダーは、リサ・マクファーソンが変死したとき、菜園教会に不利な証拠をもみ消した」というような事を菜園教会関係者が言っているとのことです。
 情報源は、You tubeで「ゴーイング・クリア」という菜園教会を取り上げた映画の解説を、映画評論家の町山氏がしている動画です。町山氏もその事で「わけがわからない」というようなことを動画で言っていました。私も、少し混乱しました。
 情報源のリンクを書いておきます。(携帯で検索したため、もしかしたらリンク先が違っているかもしれません。ごめんなさい)

 https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%A2

 リサ・マクファーソンのことで、本当に菜園教会が上記の事を言っているのならば、「不利な証拠」とは何であって、真実はどうなのか菜園教会は説明する責任があると思います。
 菜園教会を批判する人を教会が悪くいうのは過去に例がありますが、菜園教会組織を防衛するためにやった事を悪くいう例は、私は初めて聞きました。
4e0b67a4 Old Timer i1b5ibip3kS 2016-09-01 19:53
>>e525795f

そうとも言える。いろいろなとらえ方があるけど、本質は同じだと思う。

コグはあるプロセスの実践において、その時点でちょうど良いところまで到達した際に生じる。そこから一歩踏み出せば、
自分の手に余るチャージに触れてしまう。あるプロセスでコグが生じたら、
同じくらいのレベルの他の多くのプロセスでもコグを得るべきなのだろう。

コグにコグを重ねるのは、もちろん、自然科学を中心とした学術の営みではあるけれど、
多数の専門家による徹底的な検証を前提としている。幅度もそういう形で菜園の開発を進めていた時期には大きく間違わず、
心身ともに年相応以上に健康で、楽しく生きていた。
cec9a60f Old Timer i1b5ibip3kS 2016-09-01 20:17
>>f3dfa3b3

町山氏は菜園についてちょっとわかっていないことがある。掌の発汗は確かに電気抵抗を減らすけれど、
急激なTAの上昇つまり電気抵抗の増加は汗で説明できない。手のひらは汗を急激に吸い込む仕組みを持たないからだ。
手が乾いても、電気抵抗が急激に15倍になったりはしない。

それはさておき、教会内がごたごたしているのだと知ったら、これは楽しいね。教会に不利な証拠をマイク・リンダーがもみ消した、
と教会関係者が発言すれば、御簾下別児にダメージを与えることができるかもしれない。
69e8e25a K 2016-09-01 20:21
>>f3dfa3b3

社会はサイエントロジーに厳しい。

日蓮宗(身延)では荒行で死者を出したにもかかわらず、叩かれることなく、マスコミも問題にしない。宗務院も責任を放棄している。

これが、新興宗教なら、社会から袋叩きだったはずだ。せめて、同じ基準で報道してほしいものだ。
1a7ea273 Old Timer i1b5ibip3kS 2016-09-02 06:30
>>69e8e25a

そうだね。

精神病院でも患者は結構死んでいる。
2eae5ee7 Old Timer i1b5ibip3kS 2016-09-02 07:43
>>d88cae20

イエスは、例えば、衣に触れた女の病が治ったときに、「あなたの信仰があなたを癒したのです」と言い、
この奇跡を神によるものとはしなかった。これも極めて革命的なことでだった。あの預言者モーセすら、
奇跡を神の力によるものと公言しなかったという咎で、追放されてしまったというのに。

他にも、ペテロが湖の上を歩く場面がある。最初は歩けたが、恐ろしくなり、そのことでペテロは沈んでしまいそうになる。すると、
イエスは、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と問う。奇跡が神やイエスの力によるものであれば、
ペテロがどう思うのかとは関係がないはずだ。「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」という言葉は、
奇跡がペテロ自身の力によるものであることを認めるものなのだ。

だから、イエスは「神への信仰」という表現をほとんど使っていない。「信仰」が語られるとき、むしろ、「神」はほとんど語られない。
イエスは要するに人にOT能力が潜在的に備わっていることを示している。

他にも、「もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。
あなたがたにできないことは何もない」という発言がある。これは衝撃的だ。彼は人が「できないことは何もない」存在つまり
菜園流にいえば潜在的にOTであることを認めている。

新約はもともとギリシャ語で書かれた。「faith」「信仰」は「πίστη」を訳したものだが、
当時のギリシャ語でその言葉は「信頼されること」を意味していた。「崇拝」とは全く違う。
旧約の申命記には「faithful God」(信仰に満ちた神)という表現があり、「信仰」はもともと神が持つ力の根源を意味していた。

さて、海の上を歩いたペテロだが、その後、ある方向ではイエス以上の奇跡をなす姿が新約で描写されている。
パウロも奇跡をなすのだが、それは神の力の媒体となったとされている。一方、ペテロの奇跡はペテロ自身の力によってなされている。
ペテロは全く別格として扱われている。
7d5c9b02 K 2016-09-02 09:02
>>2eae5ee7

とても興味深い内容ですね。

確かに、確信や信念は病を癒しますが、信仰や崇拝はリッジを余計固くするだけで、何も癒されることはないですから、その通りです。

癒しとは、本人自身が本人自身の自己決定で行う意外にはなく、真の解決は自己解決つまり自力でしか、あり得ないと思います。

ところで、余談ですが、私は前世で新約聖書をギリシャ語から、次のように翻訳しました。

「無からの生命が彼とともに始まったのである」(コロサイ 1・18)

これは、神または生命の本質を、虚無またはスタティックと捉えていたことになります。その意味では、サイエントロジーの下地はあったのです。私は、現世においては、ずっと無神論者で、神秘主義には感心がありましたが、人格神には嫌悪感を抱いていました。

虚無の神という発想は、ヨーロッパでも少数派ですがありました。ヤコブ・ベーメなどです。ベーメの思想は、その後グノーシスなどとも混ざり合い、近代ドイツイデオロギーの土台となりました。
1fced371 Old Timer i1b5ibip3kS 2016-09-02 10:19
>>7d5c9b02

ヨーロッパでは、ミトラ教、ゾロアスター教、ユダヤ教、キリスト教の影響が強くなったからだね。
救世主ミトラ(弥勒、メトロン)は世界を救うための修行中の身なので、当然人格を持っている。このことで、
神そのものにも人格を期待する機運が生じるのは無理もないことだ。

だけど、インドのヴェーダと同じように、ギリシャでもオリンポスの神々が出てくる前には、神に人格はないとする考えが主流だった。
かつての最高神メドィーサは成長、生殖、破壊と再生をつかさどるが、これは神の行動ではなくむしろ摂理だ。そして、人格神が
崇拝されるようになった後でも、世界の始まりであるとされたカオスは非人格神として扱われた。

ルネサンス末期になると、古代ギリシャについての研究も進み、再び非人格神を想定する思想が現れた。
ベーメのルネサンス末期の人だったね。
fd54775f Old Timer i1b5ibip3kS 2016-09-03 09:24
菜園の橋はいくつかある。どれも、真の意味でのOTに達することができるかどう
か、今のところ確定していない。

論'sの橋: これが幅度由来のもっとも純粋な橋だと思われる。

教会の橋: 幅度の橋にNOTsを足して、旧OT III~VIIを取り去ったもの。

開業クラスXIIの橋: 教会の橋に旧OT III~VIIを戻したもの。

自由領域の橋: 多種多様だが、ソロの実践が多く、全面的にソロの橋もある。

論'sの橋は教会から転向した人々の間で評判がいい。教会の橋はもともと気が強
い性格の人に向いている。聴聞の質では、開業クラスXIIの橋が最も優れている。
自由領域の橋は基本的にとてもまったりとしているので、のんびりした人に向い
ている。

論'sの驢馬船長は55歳で早逝している。教会の橋では幅度も精神に異常をきたし
た状態で死んでいる。自由領域の橋では、オッガーの変死がある。いずれも気に
なるところだ。

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