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f56938a5 anonymous 2020-02-09 19:14
>>35c34998

訂正です。

セイタンのオリジン(原質)とセイタンは同質(スタティック)ではありますが、

→セイタンのオリジン(原質)である虚無とセイタンは同質(スタティック)ではありますが、
9132fd15 anonymous 2020-02-09 19:43
>>0f4d5d12

もちろん、私はLRHの並外れた知覚力と知識量と記憶力、思考の機敏さと聡明さ、多彩な能力および才能といった数々の美徳を尊敬しています。
a8f1153c Old Timer 2020-02-11 09:57
魂は個性を維持するための仕組みをたくさん発明してきた。心や共有された宇宙
もそれらに含まれる。

心 ... すべてを知ると自己と他者の区別まで消滅してしまう。すべてを知るの
ではなく、限られたことを知るために、心は存在している。そして、心も宇宙の
一種だ。

共有された宇宙 ... 人が立つ地球は動き続け、地球を含む太陽系は銀河の中で
動き続け、銀河も宇宙の中で動き続ける。また、物質は素粒子レベルで常に動き
続ける。魂に知り尽くされ、消滅させられることが起こりにくいようになってい
る。

こうした仕組みを持ち、さらに、肉体の内部に宿ることで、魂はさらに個性を確
固たるものにしている。

魂は何よりも個性に執着している。それは、うっかりすると、個性が失われるか
らに他ならない。
98db666c anonymous 2020-02-11 14:11
>>a8f1153c

オールドタイマーさんのおっしゃる自己と他者の区別ですが、創造物(肉体・マインド・コスモス)の創造主かつ観照者であるセイタン=主体とセイタンの観察対象である客体の区別のみが本来の区別です。

観照者としてのセイタン=主体は無限数存在し、そのそれぞれが個性(無限のアイデンティティーのポテンシャル)を持っています。

オールドタイマーさんの主張だと、反応心を含むマインドを全て消去すると、セイタンとしての人格も消滅してしまうことにないます。それは、ありえないことです。

私たちホモ・サピエンスは、肉体の両眼とマインドを通して外界を観察しています。さて、肉体とマインドは常に揺れ動いています。つまり、無常の存在です。

宇宙の動き(時間的無常と空間的縁起)を完全に知覚するには、完全にスタティックな静止点が存在しなければなりません。

肉眼やマインドといった無常のヴィアを通して宇宙を知覚しても、完全な動きを捉えることができず、宇宙の完全なからくりや虚構性を見破ることができないのです。

ホモ・サピエンスが反応心を含めて完全にマインドを消し去ったときに、純粋なセイタン自身=真我が残り、セイタンによって宇宙の実相が直接知覚されます。これが、いわゆる悟りであり完全なノーイングネスです。

完全なノーイングネスに至って、セイタンの人格が消滅することはありません。スタティックはアズイズできないからです。それは、サイエントロジーの公理に反します。

スケール=ブリッジの頂点はスタティックの共存です。

心配は無用です。サイエントロジー以前に、インドあるいは東洋で実践の長い歴史があるのです。サイエントロジーは、一人たりとも悟り=スケール・ブリッジの頂点に至らせることはありませんでした。
906755c7 Old Timer 2020-02-11 20:39
Axiom 25

Affinity is a scale of attitude which falls away from the co-existence
of Static, through the interpositions of distance and energy, to create
identity, down to close proximity but mystery.

"create identity"とあるよね。個性は被創造物なんだから、アズイズされちゃ
うんだよ。

魂は本質的に虚無だから、消えない。でも、それぞれの魂が持つ個性は被創造物
だから、場合によっちゃ消滅する。

魂は個性を守るために逸脱するし、個性をさらに確固たるものにするために、他
者が発明した逸脱も受け入れる。それはまるで永遠の半分は続く恋のようなもの
だ。既に苦しいし、のめりこむともっと苦しくなることが分かっているのに、さ
らにのめりこむ。
0ef4bb1f anonymous 2020-02-12 01:14 1581437653.jpeg (122KB)
シッ…!そのままで聞くんぬ…
「」もヴァレンタインデーでコスプレイヤーからチョコを貰っていると思うんぬが
渡した方は執念深く覚えているんぬ
どんなに安価なチョコでもホワイトデーでは必ずお返しをしないとその後の進展は100%無くなるんぬ
これはコスプレイヤーに限らず会社や学校のみならず女性声優や女絵師でも言えるんぬ
こういう社交辞令をきちんとこなしておくことがオフパコへの唯一の道なんぬ
b36aabba anonymous 2020-02-12 21:40
>>906755c7
なんだか、横槍で申し訳ないのですが、個性は消えちゃっても良いんじゃないかって思います。
でも、本当に消えちゃうと多分ゲームがなくなってしまうってことだと思うんですよ。
だから、魂や人としての個性を残しながら、生きながらゲームをしながら、個性を手放すのが大事なんじゃないかって思うんですよ。
芸術家がインスピレーションで降りて来た感覚で、創造するのって実は個性を手放しているんじゃないでしょうか?
それで、降りてきたものを調理するのが、個性なんじゃないかって思うんですよ。

個性を持つことで、逸脱するならゲームをしながらそれを手放し、インスピレーションで降りてきた真理に身をまかせる。

まあ、何て言うかバランス取りながら、人生のゲームをするのが幸せに生きるコツなんじゃないでしょうか?

ちなみに宇宙の意思ってあると思いますか?
e3f29d29 Old Timer 2020-02-13 09:44
>>b36aabba

聴聞の質問としては、「あなたは自分の個性のどの部分を手放しても構わないと
思いますか?」になる。
9fdac85d anonymous 2020-02-13 19:55
>>e3f29d29
まあ、実際問題としては全ての個性を手放すのは不可能なわけですから、感覚的な問題ですね。
別の言い方をすると、個性に頼らずにインスピレーションをキャッチするってところです。
705e4537 anonymous 2020-02-13 20:19
>>906755c7

セイタン(アートマン)としての自己は不滅です。

スケールの頂点は「スタティックの共存」であり、融合でも一体化でも自己の消滅でもありません。これは、LRH自身の言葉です。

「幸いなことに、セイタンのノーイングネスは、アズ・イズネスの上位にあります。」

「仏教徒は、マインドを自己だと考えるという誤りを犯しています。ファクシミリ(記憶)は自己ではありません。ファクシミリが消えても自己は消えません。」

これらも、LRH自身の言葉です。

オールドタイマーさんの前回の主張では、スケールの頂点では、セイタン(アートマン)自体が消滅するという結論になりますので、それは誤りだと申し上げました。

スケールの頂点に至っても、被造物を観照する主体としての自己・人格であり、潜在的な無限の個性のベースである個体としてのセイタン(アートマン)は消えません。これが消えるというのであれば、サイエントロジーの前提が崩れます。

これを読んだ人が誤解をしてはならないので、これは明言しておきます。
c9822c90 Old Timer 2020-02-13 23:53
>>705e4537

「セイタンのノーイングネスは、アズ・イズネスの上位にあります」は正しいよ。
ノーイングネスはもちろん個性より上位にある。虚無は完全なノーイングネスな
んだし。

Axiom 25

Affinity is a scale of attitude which falls away from the co-existence
of Static, through the interpositions of distance and energy, to create
identity, down to close proximity but mystery.

個性は、距離とエネルギーを介在させることで(through the interpositions of
distance and energy)作られているのだから、距離とエネルギーをアズイズする
と、個性はなくなる。

逸脱とうまく付き合っていくには、俺たち魂が個性の保証を望み、それゆえ、逸
脱を自ら作り(これが当人のGPM)、さらに他者が作り出した逸脱(これがインプラ
ントGPM)を賛美し、受け入れてきたという事実に向き合う必要があるんだよ。
f7126a50 anonymous 2020-02-14 23:28
>>c9822c90

「意識することを意識している個体」としてのセイタンの個別性を、個性という言葉で混同させてはいませんか?

スケールの頂点において、セイタン(アートマン)としての自己の個別性は失われません。セイタンは個体の存在性として不滅です。ここまでは、よろしいでしょうか?

さて、個体としてのセイタンがスケールの頂点に至り、マインドおよびファクシミリ(記憶)を捨て去ったとしましょう。

しかし、セイタンにはノーイングネスがありますから、必要と欲求に応じて記憶を再所有し、かつて身に付けた個性あるいはアイデンティティーをデュプリケート(再現)する能力があります。

これでも、マインドおよびファクシミリ(記憶)を消去したら、セイタンとしての彼自身の存在性=個性が消滅すると言えるでしょうか?

ただし、サイエントロジーは、マインドすべてをアズ・イズするための体系ではなく、ゲームの(楽しさの)障害となる反応心のみを消去するための方法論であるため、オールド・タイマーさんのおっしゃるようにゲームを全てアズ・イズすることは想定されていないわけです。

つまり、生存(スケールの上位)に向かうベクトルを正気と定義し、反生存(スケールの下位)に向かうベクトルを逸脱と定義していますね。

生存・ゲーム・個性自体を逸脱ととらえるなら、サイエントロジーよりも仏教のスタンスに近くなります。

オールド・タイマーさんは、サイエントロジーの観点から生存・ゲーム・個性を肯定しながらも、これら自体を既に逸脱と捉える仏教的な観点にた立っているようにお見受けします。

この点は、どのように考えておられるのでしょうか?
6c5474b5 anonymous 2020-02-14 23:48
>>f7126a50

なお、私見を述べさせてもらえば、ゲーム自体をアートマンの堕落の始まりと捉え、ゲームのない状態を正常と見做すオリジナルの仏教(仏陀)も、ゲームのある状態を正常と見做し、より楽しいゲームを追求するサイエントロジーも、どちらも観点の違いであって全体観ではないと思います。

また、私の言うオリジナルの仏教というのは、ゴータマ・シッダールタの滅後の約200年後に、特定の意図に従って創作され、アートマンを否定し無常のマインドを自己と定義したパーリ経典(ダンマパダを含む原始経典)およびパーリ経典を所依とするいわゆる原始仏教のことではありません。

LRHも仏教経典は、ゴータマ・シッダールタの教えが精確にデュプリケートがされていないと至るところで言及しています。
1b6012f9 Old Timer 2020-02-15 18:44
>>f7126a50

「スケールの頂点において、セイタン(アートマン)としての自己の個別性は失
われません。」に教義上のはっきりした根拠はないよ。個性なり個別性なりは、
距離とエネルギーを介在させることで(through the interpositions of
distance and energy)生じる、メカニカルなものなんだから。

「セイタンにはノーイングネスがありますから、必要と欲求に応じて記憶を再所
有し」……必要とか欲求は個性に依拠しているから、かつての個性の再現の必然
性はないんだよ。虚無はまた新しい個性を生み出す。
f2971de6 anonymous 2020-02-15 21:58
>>1b6012f9

セイタンは、自らの存在性の一部を虚無領域に残したまま、残りの一部がゲームのために視点として時空領域に入ります。

虚無領域では、他のセイタンとのコミュニケーションもありますが、これは時空を介在したメカニカルなものではありません。

自己の宇宙・客観的宇宙・他者の宇宙という三種の宇宙の確実性のノーイングネスの追求は、サイエントロジーの基本中の基本です。
33debefb anonymous 2020-02-15 23:57
>>1b6012f9

「必要とか欲求は個性に依拠しているから、かつての個性の再現の必然性はない」

この主張は、失礼とは思いますが、反論のための反論(揚げ足取り)であり、論理が破綻していると思います。

個々のセイタンがスタティックのままゲームを望まなければ、必要も欲求も生まれるはずがないではありませんか。

ゲーム・ランドミティー・影響力の行使への機運あるいは欲求が生じるからこそ、セイタンはスケールを降りてノーイングネスを制限するのですから。

スケールの頂点に至り、再びゲームを望むとなれば、ノーイングネスによって、それまで得た経験を全て持ち越したまま、新しいゲームを始めることになります。

その新しいゲームには、かつての個性やゲームの再現も当然、選択肢(ポテンシャル)として含まれます。「かつての個性の再現の必然性はない」という根拠こそないのではありませんか?

オールド・タイマーさんのスタンスを要約すると、

①ゲーム・生存・個性を肯定するサイエントロジー的スタンスに立ちながら、

②ゲーム・生存・個性自体を逸脱と捉えるゴータマ・シッダールタのスタンスに立ち、

③セイタン(アートマン)の不滅性および存在性を否定し、マインド(五陰仮和合)を自己と定義するパーリ経典と自称原始仏教(上座部仏教)の立場を支持しているということになります。

これは、サイエントロジーでもオリジナルの仏教でもありません。

オールド・タイマーさんが執着しておられる、パーリ経典および上座部仏教は、大乗仏教と同様に、人々を迷宮の中に追いやり、誰人も解脱=悟りに導くことはありませんでした。

スッタニパータの、あの美しい詩文もオリジナルのゴータマ・シッダールタの教えに基づいたものではないのです。それらは、改竄された偽の教えです。

また、真偽の識別を誤り、偽りの教えに執着してしまうのは、ケース(カルマ)の引力であり、これは私の中にもあります(あらゆる人が陥ることです)から、オールド・タイマーさんのことだけを述べているわけではありません。
4eff8c96 Old Timer 2020-02-16 16:54
>>33debefb

> 個々のセイタンがスタティックのままゲームを望まなければ、必要も欲求も生
> まれるはずがないではありませんか。

スタィックは「個々」じゃない。公理25にあるように、距離とエネルギーを
さしはさまないと、「個々」にはならないんだよ。

> スケールの頂点に至り、再びゲームを望むとなれば、ノーイングネスによって、
> それまで得た経験を全て持ち越したまま、新しいゲームを始めることになりま
> す。

「それまでに得た」? スタィックは時間を超越してるってことを忘れちゃいけない。

距離とエネルギーをさしはさみ、個々の魂となった俺たちから見れ、見かけ上、
「それまで」「その後」があるんだよ。

Axiom 23 The Static has the capability of total Knowingness. Total
Knowingness would consist of total ARC.

Axiom 24 Total ARC would bring about the vanishment of all mechanical
conditions of existence.

「それまで」も「その後」も、あなたと私が別々であることも、mechanical
conditionsだから、アズ・イズされうる。
5167fd34 anonymous 2020-02-16 18:30
>>4eff8c96

オールド・タイマーさんの上座部仏教の信仰は理解致しました。

サイエントロジーとオリジナルの仏教の立場について、そして、セイタン(アートマン)のアクチュアルな性質について、できる限り分かりやすく具体的に述べたつもりですが、理解できないのであれば仕方ありません。

噛み合わない議論でしたが、どうもありがとうございました。
7f487f92 anonymous 2020-02-16 18:51
>>4eff8c96

「「それまでに得た」? スタィックは時間を超越してる」

ですから、個々のセイタンが視点を身に付けて時空領域に入るか、時空を創造してゲームを開始する前は、時間は存在しません。時空領域に入りゲームを開始してから初めて、セイタンの個別性が確立するわけではありません。また、スケールの頂点に戻り、完全なノーイングネスを回復した場合も当然、時間は存在しません。

セイタンのノーイングネスは、ファクシミリ(記憶)を自在に回復することができます。

記憶を消去すれば、自己の存在性(人格)が消滅してしまうという教義は、パーリ経典および上座部仏教のものであり、オリジナルの仏教とサイエントロジーでは、肉体でもマインドでもないアートマン(セイタン)こそが純粋な自己であると定義します。

スタティックな虚無領域では、無限数のセイタンが個体として存在し、存在性の一部をスタティックの虚無領域に残したまま、残りの存在性が視点としてダイナミックな時空領域に入るのです。

そもそも、「意識することを意識する個体」というセイタンの定義は、LRH自身のものです。セイタンの個体性は、サイエントロジーでは最初から自明のものでした。
529768e6 Old Timer 2020-02-17 10:44
>>7f487f92

違う違う。個性や個別性は、距離とエネルギーをさしはさむことで作られる。そ
なたと俺が別々なのは、そなたと俺の間に距離とエネルギーがあるからなんだよ。
これが分からなければ、菜園を分かってることにはならん。虚無に無限数の個別
の魂が存在するんじゃないんだよ。無限数の個別の魂なんて、『公理』にも『要
因』にも書かれていない。そなたの願いにすぎん。

虚無は虚無なのだ。

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