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c87062c9
anonymous
2026-05-31 03:57
前回、サイエントロジーは、ブックワン以来の「同性愛と両性愛的嗜好及び行為は性的逸脱でありオバートである」という教義を廃して、同性愛と両性愛的嗜好及び行為を、性愛の一形態として認めるべきだということを論じた。ただ、同時にこのことは、文明の社会的基盤としての結婚の形態を歪めたり、LGBTQイデオロギーというSPアジェンダを容認することであってはならないとも釘を刺した。
今回は、女性の堕胎と出生前診断の権利である。妊娠中の女性が、社会的に特別な配慮が必要であり、母体が保護されるべきことは論を待たない。しかし、家族計画を除く性交渉時において、最大限避妊の努力が払われるべきことは当然として、一定の確率で望まない妊娠が起こり得ることは避けられない。レイプのような犯罪行為であれば、なおさらである。このような望まない妊娠に対して、できるだけ早期に堕胎を施すことのできる社会環境は、女性にとって必須である。また、生まれくる赤ん坊も、肉体的に機能不全を抱えたまま生まれてくる子供を美談で語るべきではない。肉体そのものはセータン(彼/彼女自身)ではないのであって、生まれくる子供を無闇に苦しませることは、アウト・エシックス(オバート・アクト)である。肉体的に機能不全を抱えた子供を育てることに対する社会的に尋常でない努力も考え合わせるなら、そのような問題を出生前診断の段階で知りながら、「授かりものの命」として出産することは、親のエゴの押し付けでしかない。故に、女性に対する出生前診断と堕胎の権利は与えられるべきである。
サイエントロジーは、キリスト教やイスラーム教といった過去(時代錯誤)の宗教・宗派と共同歩調で、同性愛者や両性愛者の権利、女性の出生前診断や堕胎の権利を否認し続けるべきではないだろう。
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0f5685e4
anonymous
2026-06-04 20:16
- 私ごときが、この掲示板にお邪魔して大変申し訳ないのですが、結果的になんとか、教会菜園人を警察に売らずに済みました。
会社の『メンタルヘルス』対策の圧力で、やむを得ず、会社外部の精神科を受診しました。(会社にくる精神科医は、会社の責任にしたくないため、プライベートを追求する)その後、その会社を辞めましたが、精神科には現在も通っています。
その会社で、精神科を受診しなかったことを理由に解雇者が出たことが、私にとってものすごく抑圧でした。
宗教をやっていたことは言ったことがありますが、菜園の名前は出していません。
最近は、5分の再診診療のため、菜園について話すことはないと思います。私自身も、だいぶ前なので、忘れかけております。
一時期は、精神科を受診したくなくて、パチプロになりたいと思っていました。パチプロになる夢は叶いませんでした。残念でした。致し方ありません。
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d8b2c3e6
anonymous
2026-06-04 20:30
- >>0f5685e4
0f5685e4です。精神科医にも、『守秘義務』があるので、余計な心配だったかもしれませんが、人事担当者が警察とつながっていました。
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7b838203
anonymous
2026-06-04 21:26
- >>0f5685e4
0f5685e4です。今は、パチプロで食べていくことは、困難になっています。
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ae4b4a20
anonymous
2026-06-06 01:42
- >>0f5685e4
>結果的になんとか、教会菜園人を警察に売らずに済みました。
⇨この文は、どこに繋がってますか?なぜ、企業の人事担当者が警察と繋がっている(どのように関係しているのかは不明)ことが、精神科医を通じて、教会サイエントロジストを警察に売ることに繋がるのですか?精神科のみならず、身体の病気で医療機関への受診を、教義上何らかの形で制限する宗教は、サイエントロジー以外にも複数存在しています。それが、警察が介入するような事態に発展するとは思えません。
>会社の『メンタルヘルス』対策の圧力で、やむを得ず、会社外部の精神科を受診しました。その後、その会社を辞めましたが、精神科には現在も通っています。
⇨なぜ、自分の意に反した選択(自らが必要性が無いと判断したこと)を行いながら、結果的に受け入れることになったのですか?精神科は、当時と同じ医院ですか?精神薬(に限りませんが)のリスクを認識していますか?また、現在、処方された精神薬を服用していますか?
>会社にくる精神科医は、会社の責任にしたくないため、プライベートを追求する
⇨これは、メンタル不調の原因を、会社ではなく、患者のプライベートに求めるということでしょうか?そして、会社の抑圧について触れられず、プライベートについて詮索されることで、余計にメンタルを病んでしまうと。
>その会社で、精神科を受診しなかったことを理由に解雇者が出たことが、私にとってものすごく抑圧でした。
⇨これは、サイエントロジー教会よりも、この会社のガバナンスに問題があるのではないでしょうか?
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5872ced1
anonymous
2026-06-12 16:28
- なるほど混沌とし過ぎて、分かり易いキャラクターが欲しいと思うのは、MESTにして悪魔性な
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cb8b18c1
anonymous
2026-06-16 00:34
- つうか、その思想で金融を便利な魔法のように使って、扶桑から騙し取るような真似が出来るなぁ…
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71f41761
anonymous
2026-06-17 22:38
- >>a51b1b00
>必要なのは、宇宙的な間抜けさです。
「私は宇宙から来ました」
これを真顔で言う。
これを聞いた人が笑う。
笑った人は、一瞬だけ、自分が何を信じていたかを忘れる。
その一瞬に、implantは少し滑ります。
⇨深刻さを開放するためのユーモアは、純粋な企業経営なら良いだろう。特に、業績不振の企業ほど、ユーモア(深刻さからの開放)が必要だ。企業経営やビジネスモデルは、イノベーション(創造のノーイングネス)が必要とされるからである。しかし、真実(受動的ノーイングネス)を扱う宗教に関してふざけてはならない。
「私はエル・カンターレで、ゴータマ・シッダールタの再誕である」(大川隆法)
「私は洞窟で、大天使ジブリールよりアッラーからの啓示を賜った。アッラーの他に神はなく、我はその使徒である」(ムハンマド)
これを笑うことのできる人間(爆笑でも嘲笑でもどちらでも)は、既に真実を知っている人間である。セータンは、既に何が真実で、何が真実でないかを知っている。これらの与太話を信じ込む深刻な人間(その主題を笑うと権威に対する冒涜だと言って敵愾心を剥き出しにしてくる人間、決して笑うことのできない人間)は、バンクをより強固にしてしまう。そして、オウム真理教やイスラム教のように、愚かな盲信者だけではなく、その信仰(与太話)に関係ない人間まで実害を受ける。だから、与太話を真に受ける愚か者をコントロールしようとする人々(権威主義者)を許容すべきではない。おふざけの与太話をおふざけと断らず、ネタバレさせずに盲信させたがる人間(或いは我を失い憑依[コントロール]された人間)の言葉は、文明社会にとって有害でしかない。何でも「おふざけ」でこと済ます人間には、真のユーモア(リッジからの開放・精神の軽さ)はない。何が真実で何が真実でないかという物事の分別(ノーイングネス)があって、初めて、おふざけというものは許容され得る。ただのふざけ屋≒詐欺師は、逸脱でしかない。
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1f8d22d3
anonymous
2026-06-18 02:26
- 軽豚が嫌われる理由は、混沌だの混線だの、危険で細心の注意が必要なものをさも素晴らしもののように言うところでね??!
衣食住揃って
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6dc54cfe
anonymous
2026-06-24 03:20
- >>a51b1b00
「必要なのは、宇宙的な間抜けさです。」
オウム真理教やイスラム教は、「宇宙的な間抜けさ」の結果であるが、世界が被ることになったその負の影響は、当時、気持ち悪い奴らだと思いながらも、余りににも逸脱しているがために、「馬鹿げている」と笑って済ませた人々の責任である。
済ませたノーマル或いはノーマル以下のホモ・サピエンスが、Foolishな奇行を演じることで、セータな「ゲーム性」やセータな「ユーモア」を回復できると考えると考えるのは甘すぎる。
その理由は、ノーマル(ホモ・サピエンス)は余りに無明(暗愚)であり、バンクの質量(リッジ、GPM)は余りに重く、余りにMESTであるからだ。
ホモ・サピエンスが、セータン本来のゲーム性とユーモアを回復するには、ノーイングネスのスケール上の「完全に知っている」を回復した上で、「あえて知らないでおく」に下がらければならない。
無明のノーマルが幾らFoolishな奇行を演じたところで、無明のノーマルを維持するか、ノーマル以下に下がるだけである。それは、セータな「ユーモア」ではなく、「馬鹿げている(痛い)」だけだからだ。Foolish(馬鹿げていること)は深刻さからの真の開放ではなく、逸脱に過ぎないので、無明で重いバンクは相変わらずであり、ノーイングネスも回復しないし、バンクのリッジやGPMの質量も開放されない。
Foolishは、MESTに対する直面ではなく、MESTからの「逃避」の一種であり、ただ底辺を這い蹲るだけである。ノーマル或いはノーマル以下である以上、MESTをコントロール・処理・統制・征服するには程遠い。クリアリングのプロセスは、MESTに直面せずに、ショートカットすることはできない。
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0b6a139a
anonymous
i1b5ibip3kS
2026-06-24 19:30
- >>7b3e3753
件の文研の翻訳では、「トランスジェンダーの人々を差別やハラスメントから守るために、性別(sex)がただ単に「割り当てられた」ものだと装う必要はありません。 ¶ 社会的または政治的な大義のために事実を歪めることは、それがどんなに正しい目的のものであっても、決して正当化はされません。もし大義が本当に正当なものであれば、現実世界についての事実を完全に受け入れた上でそれを擁護することができるはずです。」と述べていて、これは科学的な事実に基づく主張であり、キリスト教思想への迎合ではないだろう。続けて、「そして、科学を自称する組織が社会的大義のために科学的事実を歪めるとき、その組織自身の信頼性だけでなく、科学全般の信頼性も損なわれます」ともある。
科学者としてのドーキンスの意見のその部分が十分に正しいものの、ドーキンスが語っているのは一貫してsexのことであり、人間他いくつかの動物で社会的役割としてのgenderがsexとは切り離されたものになる場合もあることを、ドーキンスも否定しない。そもそも、「出生時に割り当てられた性別」はgenderの話ではない。
ドーキンスのAMA批判は、そもそも、AMA自身がgenderとsexを混同していることを原因としているのかもしれない。出生時に割り当てられるものはgenderなのだ。
ドーキンスは文化的キリスト教を自由社会と同一視していない。ドーキンスはキリスト教を信じる人が少なくなっていることも肯定的に評価している。(もっとも、イエス・キリストは極めて自由主義的だった。彼はヨハネ9で輪廻転生を信じている使徒の世界観を否定しなかったし、「蛇のように賢くあれ」とも説いている。輪廻転生や蛇系宗教が自由主義的だったのではないが、様々な世界観を許容するのは自由主義的だろう。俺たちはキリスト本来の思想とキリスト教も分けて考える必要がある。)
genderへ話を戻そう。
è
西ヨーロッパにおける近代フェミニズムの先駆者と言えばボーヴォワールだ。こんな言葉を残している。「"Je m'avisai qu'une première question se posait : qu'est-ce que ça avait signifié pour moi d'être femme ? […] "Pour moi, dis-je à Sartre, ça n'a pour ainsi dire pas compté. – Tout de même, vous n'avez pas été élevée de la même manière qu'un garçon : il faudrait y regarder de plus près. Je regardai et j'eus une révélation」(私はある根源的な疑問が浮かんでいることに気が付いた。女であることは私にとって何を意味していたのであろうか? 私はサルトルに、それはこれと言って問題ではなかったと言った 。それはそうであるのだが、あなたは少年と同じように育てられはしなかった。そこをもっとくわしく見なければならなかった。私は見て、そして私にとって明らかになったことがあった。)(La Force des choses)
ボーヴォワールも自らのsexeを否定していない。女であることを「これと言って問題ではなかった」と評している。ボーヴォワールの関心ごとは男や女の育てられ方へと移っていき、genreつまり英語でのgenderの概念がやがて確立していった。sexeを否定するのはフェミニズムではない。genderを理解することがフェミニズムなのだ。
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a2d7e38d
anonymous
2026-06-25 05:53
- >>0b6a139a
オールド・タイマーさん
私が書いた5月16日16:35の元の投稿が消えている。
長すぎたから消されてしまったのかはわからないが。
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1578e4b3
anonymous
2026-06-25 18:58
- >>0b6a139a
>出生時に割り当てられるものはgenderなのだ。
⇨これは、「割り当て」と“Gender”の解釈(科学モデルor社会制度)しだいで重大な発言になり得る。99%以上(定型)の出生時の性区分は、「割り当て」でなく「特定」であるし、性区分自体は社会制度であるが、定型のGenderは、配偶子(Sex)の特定によって機械的に定まる。つまり、高精度な科学モデルとしての性区分が機能している。
以下に、順を追って説明する。
まず、現在のサイエントロジー教会(RTC)のような「性的嗜好としての同性愛や両性愛は、全て反応バンクに基づく逸脱である」という教義解釈は、非教会サイエントロジスト(高度に訓練されたオーディター)、ロンズ・オーグ、Freezoneでは、もはや採用していないという認識を確認したい。その上で、ロンズ・オーグ及びFreezoneでは、LGBTQイデオロギー、性の多元化、ジェンダーフリーといったWokeリベラルの潮流を、「男女の性区分を社会的に溶解させる逸脱したSPアジェンダ」であるというという立場を採用している。私も、同じ立場である。
SPアジェンダであるか否かはともかく、リチャード・ドーキンスだけでなく、コリン・ライト、エマ・ヒルトン、キャロル・フーヴェン、ジェリー・コイン等も、バイナリの性区分を基となるDatumと看做すという意味で同じ立場に立っている。
オールド・タイマーさんは、サイエントロジストの中でも、非常にリベラル(先鋭的)な主張をしているということは、認識をしていただきたい。
私も、インターセックスコンディションに関するイデオロギー、即ち、ノンバイナリー、ジェンダーニュートラル、ジェンダーフラックス、エイジェンダー等の概念の存在は理解している。だが、これらのイデオロギーは、結局のところ、「男女というバイナリーの性差を溶解させたい」と「性別を選択可能なものに変えたい」という願望ありきのドクマでしかない。
Wokeリベラル派は、「性別は性差などを基に、何らかのルールで区分したものであり、ルールによって区分(性別)は変化する」と考える。これは、「性差(配偶子と表現型の各パラメータの総合)が基で、そこから性別の区分が生じる」そして、「性別の区分は客観的なものではなく、社会的なルールであって恣意的なものである」というイデオロギーありきの解釈(倒錯した解釈)である。
確かに、社会制度における「性別の区分ルール」は、時代や文脈(モダリティ)によって多少の変化があり得る(例:戸籍変更の要件に手術を課すか否か、など)が、出生時の性の特定のみで考えれば、基準は明確である。現代では、XXとXYの遺伝子(配偶子)区分は簡単に特定できる。単に、外形的な特徴や文化的な「男らしさ」や「女らしさ」といった助産医の感覚で決めているわけではない。
Wokeリベラル派は、性腺の性の型と表現型の型の区分に拘るが、配偶子の区分が、たった一つの判別で、その他の全てのパラメータ(表現型)の典型の組み合わせを推定可能とする基となるDatumであるが故に、配偶子が性別の基準として用いられていることを踏まえる必要がある。もちろん、文化的・社会的・感覚的な「男らしさ」や「女らしさ」という性差も、現代科学(遺伝生物学)の発達によって、配偶子(XX/XY)として、その根拠(裏付け)が明らかになったのである。
Wokeリベラル派は、典型が99%以上の配偶子のバイナリー区分に基づく性差(パラメータの組み合わせ)を、たった1%以下の例外(DSDのエラー)の存在を以って、「明確な基準たり得ない」と言って否定する。配偶子と他のパラメータ(表現型)の組み合わせの不整合が均等な割合で生じているなら、それは例外(エラー)でなくスペクトラムだと言えるだろうが、実際には、典型が圧倒的で非典型がごく僅か(明らかに連続値ではなく離散値)なのであるから、それを(科学モデルとしても社会制度としても)性差のスペクトラムとして分類する意味がない。
Wokeリベラル派は、Gender(パラメータの総体・組み合わせ)が客観的な基となるDatumで、そこからSexという恣意的な区分(社会的ルール)が生じていると考えるが、実際には、Sex(配偶子の区分=バイナリー原理)という基となるDatumから、Gender(パラメータの総体・組み合わせ)の典型が高精度(99%以上)に推定できるのである。
例外(エラー)を基準にモデルを組めば、エラーが正常となり、典型(正常)と非典型(異常)の区別が付かなくなる。これは、医学にとって、重大な問題を引き起こす。非典型の表現型のパラメータの組み合わせを分類することは、例外(エラー)の特定としてのみ役立つのであって、典型(正常)と非典型(異常)の区分を消し去って、グラデーション=多様性に置き換える試みは、科学ではなく、政治イデオロギーでしかない。
さらに、非典型の表現型のパラメータの組み合わせに加えて、性自認や性的嗜好(同性愛や両性愛)を加えて性別を定義しようなどという試みは、混乱の上に混乱を加えるだけである。
これは、「マイノリティ=弱者こそ正義」という歪んだWoke主義が、「マイノリティ=心身の障害」と結合し、その障害を多様性の一部としてノーマライゼーションしたいという強い願望(思想的理想主義)がもたらしたものであろう。これは、現代の行き過ぎた「逆偏見」による思想的病理である。
99%以上の予測精度を誇るバイナリの性別モデルを、たった1%以下の例外(エラー)のために捨て去るわけにはいかない。例外は例外(エラー)であって、スペクトラムでも多様性でもないのである。
もちろん、自然言語の曖昧性という問題は、あらゆる分野に付き纏う。例えば、中国には、「彼女(她)」という言葉(女性専用の代名詞)が20世紀になるまで存在しなかった。だが、言葉(概念)が存在しなかったことは、それに対応する(「彼女」に相当する)関係性が存在しなかったということではない。「言葉は実態でなく虚構である」という言語の虚構性をとことん追求して、懐疑論から脱構築を目指すのも自由だが、それは自然科学や政策の次元の課題ではなく、哲学の次元の研究テーマである。脱構築を目指していたら、社会は回らない。
・生物学的な性(Sex)及びジェンダー(Gender)のバイナリー分類:科学モデル(99%以上有効)
・生物学的な性差に基づく出生時の性別(Gender)の特定or割り当て:社会制度
・性自認:ジェンダーアイデンティティ(異性愛・同性愛・両性愛の性的嗜好とは別物)
・性分化疾患(DSD):遺伝的エラー
・社会通念上の性差(男らしさ、女らしさ):社会文化
これらは、すべて別個のラベルであり、これらを混同することで、議論が収拾の付かぬ泥沼と化す。社会制度及び社会政策は、自然科学を基盤とするが、厳密に自然科学と一致しているとは限らない。だが、そこには、当然、自然科学の尊重と社会的なコスト(合理性)による割り切りが存在する。社会制度や社会政策の実施に当たって、自然科学の完全な解明を待っていたら、現実の社会は回らないし、迅速に社会問題を解決することなどできない。
※例えば、CAIS(完全型アンドロゲン不応症)という性分化疾患(=非定型)の場合、厳密な性区分は、現時点では、行動生物学(女性)、医学(女性)、分子生物学(男性)、出生時の性別割り当て(女性)の「女性優位のハイブリッド」になる。
補足:LGBTQイデオロギーと本来のフェミニズムは、本質的に別物である。フェミニズムのルーツは、男女の性差を前提とした上で、母系社会の後から来たパターナリズム(外在の父神を象徴とする)に対して、母性原理(大地の女神を象徴とする)の復権を目指すイデオロギーであり、本来は、ジェンダーフリーを目指すようなものではなかった。
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26422e3a
anonymous
2026-06-25 19:16
- >>1578e4b3
補足修正:
>性区分自体は社会制度であるが、定型のGenderは、配偶子(Sex)の特定によって機械的に定まる。つまり、高精度な科学モデルとしての性区分が機能している。
⇨性区分自体は社会制度であるが、定型(99%以上)のGender(配偶子[Sex]と表現型のパラメータの組み合わせ)は、配偶子(Sex)の特定によって機械的に定まる。つまり、高精度な科学モデルとしての性区分が機能している。
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8a3ab464
anonymous
2026-06-26 19:56
- >>0b6a139a
改めて、オールドタイマーさんの投稿を読み返してみたのだが、彼はGenderを性自認や社会通念上の性差(ドーキンスの概念であればミームと言っても良いが、私はこの概念は嫌いである)を含めた社会学的概念として用いていることが分かる。
私は、Genderという概念を、生物学的な肉体に関わる概念、即ち、「配偶子(Sex)と表現型のエレメントの組み合わせ」(99%以上は、Datumである配偶子から表現型のエレメントの組み合わせが機械的に導ける)に限定している。ボーヴォワールの「女に生まれる」のではなく「女になる」という考え方は、まさに性自認と社会通念上の性差のことを述べている。この社会通念上の性差は、時代とともに変わり得る。しかし、生物学上の肉体としてのGenderは、たとえ時間軸を引き延ばしても、ホモ・サピエンスがホモ・サピエンスである限り変わらないだろう。
オールドタイマーさんの主張は、(生物学的な肉体と性自認・性的嗜好・社会通念上の性差を渾然一体に扱う)社会学的な広義のGender概念を用いて、出生時の性の特定(これは、Sex[配偶子]でありGender[配偶子+表現型のエレメント]でもある。そして、この性別の特定自体は社会制度に他ならないが、この制度は高精度の科学モデルに基づいている)に、あたかも不確定性が内在しているかのような誤解を招くものであったため、補足させてもらった次第である。
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471a617f
anonymous
2026-06-26 20:10
- >>0b6a139a
>ドーキンスは文化的キリスト教を自由社会と同一視していない。
⇨自由社会と両立可能な唯一の一神教は、バハイ教しかないでしょう。しかし、本質的に全体主義(キリスト教は本質的に個人主義)であるイスラム教化に対する防波堤として、欧州の文化的基盤(アイデンティティ)としてのきり
キリスト教やイスラム教は、ゾロアスター教の終末論及び天国と地獄概念を摂取した頃の中期ユダヤ教(最も思想的に排他的な時代)から発展したので、根本的に欠陥を抱えている。新約聖書の黙示(幻視)文学(パウロ含む)も、インプラントのドラマタイズでしかない。ユダヤ教そのものには、もともと終末論や天国や地獄の概念は存在しなかったし、トーラー(旧約聖書)のコヘレトの影響で現世志向であり、既に終末論は放棄している。また、ユダヤ教神秘主義のカバラでは、輪廻転生をその教義に含む。キリスト教やイスラム教より、ユダヤ教の方が圧倒的に神学的柔軟性が高いと言える。
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dec42680
anonymous
2026-06-26 20:13
- >>471a617f
自由社会と両立可能な唯一の一神教は、バハイ教しかないでしょう。しかし、本質的に全体主義(キリスト教は本質的に個人主義)であるイスラム教化に対する防波堤として、欧州の文化的基盤(アイデンティティ)としてのきり
⇨訂正:自由社会と両立可能な唯一の一神教は、バハイ教しかないでしょう。しかし、本質的に全体主義(キリスト教は本質的に個人主義)であるイスラム教化に対する防波堤(レコンキスタ)として、欧州の文化的基盤(アイデンティティ)としてのキリスト教という方便は有効であると考える。
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d2a14e51
anonymous
2026-06-28 15:52
- どうせ、アケミちゃんあたりが人を騙くらかす為に適当な理屈を捏ね
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18eb802f
anonymous
2026-06-28 20:21
- >>d2a14e51
アケミちゃんて誰ですか?
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03b106ed
anonymous
2026-06-29 06:43
- >>5872ced1
主語が不明
>>cb8b18c1
扶桑が意味不明
>>1f8d22d3
軽豚が意味不明
>>d2a14e51
アケミちゃんの人、独り言なら脳内で処理してよ。スレッドが無駄になるので、会話する気がないなら書き込まないでくれ。
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