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8907ef0d anonymous 2023-02-07 23:09
>>062c6e6b

「マルクスは集団だけが重要だという理論を唱えた。」

このLRHの言葉は、マルクスの

「人間的本質は、個々人に内在するいかなる抽象物でもない。人間的本質は、その現実性においては社会的諸関係の総体である。」(『フォイエルバッハに関するテーゼ』)

を踏まえてのものだろう。

このLRHの(マルクスが要するに「集産主義者」であるという)要約と評価は、マルクスの弁証法的唯物論(※弁証法を加えても唯物論の本質は同じである)を踏まえれば正当なものだと思われる。

ただし、LRH自身も、サイエントロジー教会のマネジメント(アドミン)は、レーニンやスターリンを参考にしたとしか思えないほど集産主義的であったということも付け加える必要があるだろう。LRHは「言っていること」と、実際に「やっていたこと」のギャップが激しい人間であった。
556524df anonymous 2023-02-08 06:11
>>8d019bdc

教育権の独立、すなわち教育と学問および教育機関の国家権力の干渉からの自由は、法の支配の確立に不可欠である。これは、フリードリヒ・シェリングの『学問論』の偉大な着想である。

特に、旧ソ連や東欧諸国の共産党一党支配の社会主義国家においては、マルクス・レーニン主義という国定のイデオロギーが国民に強要された。同様の現象は大なり小なり、現代の資本主義国家においても、ナショナリズムや民族主義、あるいは逆に左派リベラリズム主導のポリティカルコネクトによる表現規制によっても行われている。中東のイスラム圏においては、(そもそも信仰の自由を含む思想信条の自由も性的関係の自由も存在しないが)さらに露骨である。

また、「法の不知はこれを許さじ(許さず)」という言葉があるが、法の支配の確立には、国民が法および法令を知る必要がある。イスラム法学者たちは、「西洋の民主主義国には法の支配が存在しない。なぜなら、誰も自国の法律を知らないのだから。」と、現代の民主主義国家を嘲笑するが、この批判に関してはその通りであろう。

ただし、イスラム法は、政教分離の原則も、個人の消極的自由の担保も、権力分立も存在しない点で、真の法の支配(立憲主義)とは相容れない。イスラム法の正義は、単にイスラム法は自由社会の法体系および法秩序や各共同体(国々)のコモン・ローに優越すると述べているに過ぎない。ゆえに、理性およびエシックスに基づく法体系および法秩序ではなく、アービトラリーに基づく法体系および法秩序である。
cc6c8dbf anonymous 2023-02-08 12:19
>>556524df

訂正

ポリティカルコネクト→ポリティカルコレクトネス
ae3560f7 anonymous 2023-02-09 03:55
>>0eae6547

オールド・タイマー氏、まさか膨大な英米法の歴史と概念を、wikipediaで調べられたんでしょうか?たまたま、暇つぶしに「法の支配」をwikipediaで調べてみたら、wikipediaを杜撰に要約したようなオールド・タイマー氏のこの文章を思い出し、もしかしてと思いましたが。
cf18ee58 anonymous 2023-02-09 03:58
>>ae3560f7

もしや、労働価値説と交換価値の話もネタ元はwikipediaですかね…。おそらくですが。
d4c9c2be anonymous 2023-02-09 19:35
>>cf18ee58

wikipediaは、メタ的に批評できる程度の知識を学んだ者が、ダメ出しのドリルとして使うのが良い。門外漢の分野をwikipediaで調べて引用したりすれば火傷することになる。
51273c84 anonymous 2023-02-11 02:34
法学及び法哲学はエシックスとも深く関わる主題である。理性に基づく法学の体系化は、ブックワンにおけるダイアネティックス(後のサイエントロジー)の主要な目標リストの一つでもあった。

サイエントロジーにおいては、エシックスの定義(「ダイナミクス及び生存の最適解」/「最大多数者の生存の追求」)より、エシックスとダイナミックが関連付けられている。力なくしてエシックスは機能しないが、力のみで理性が存在しなければ、またエシックスは機能し得ない。

法学を経済学に対比して、形而上学(非科学)的な上部構造と看做して、その重要性を軽視したカール・マルクスは、後世の歴史に多大なる禍根を残した。マルクスは、自分自身が、アービトラリーに基づく、非科学的なイデオロギーと非科学的な経済学を構築したことを最期まで認識することができなかった。
0c28f9a2 anonymous 2023-02-11 02:46
>>51273c84

この集合宇宙のゲームと様相とは、生命のセータとMESTの戦いであり競争である。生命とMESTは、その起因においては、生命が主でありMESTが従である。MESTは本来、生命の奴隷である。しかし、生命は、いつしか自身がMESTの奴隷であるかのような見せ掛けを信じるようになってしまった。その信仰(アービトラリー)の思想的表現が唯物論である。

生命及びアートマン(セイタン)は、そのゲームにおいて、コスモス(宇宙・自然)及びMESTの支配・征服・統制を志向している。言い換えるなら、生命の活動とは、MESTの無秩序(≒混沌)にセータの秩序(≒蘇生)をもたらすことである。なぜなら、MESTの征服こそが生命の自由だからである。生命における最も強力かつ根本的な生存のダイナミックとは、自由へと向かう衝動である。これが、生命にプログラムされた、生命の根本的な行動原理であり行動目的である。

自然界や自然法則の支配・征服・統制と言うと、エコロジーの志向とは反するのではないかと思われるかもしれない。思想的な系譜としてはその通りである。しかし、これはダイナミクスの最適解というエシックスの主題と汎決定という概念を用いることで、生命・アートマン・セイタンの自由とエコロジーの追求は両立可能なゴールとなり得る。

唯物論は、生命・アートマン・セイタンは自然界及び自然法則を越えることはないこと、つまり、私たちはコスモス・自然界の奴隷であることを、繰り返し私たちに教えるものだ。物質は、決して物質を越えることはできない。「物質が思考している」と説く唯物論の下では、私たちの思考でさえ物質(すなわち肉体の脳)の産物であるのであり、思考さえも物質の偶発的産物なのであるから、私たちの主体たる意識は幻想であり、自由意思も選択の自由もないという帰結に至る。唯物論の世界では、私たちは、ただMESTの気まぐれな運命に翻弄されるだけの無力な存在である。

しかし、それは誤りである。サイエントロジーに限らず、ゴータマ・シッダールタに極まるインドの哲学及びヨーガの精神的実践、そして老子や仙道の実践者たちは繰り返し、そのことを教えてきたのだ。

私たちはコスモスの協力者として生まれたのではない。私たちは、自然の競争相手(ライバルであり敵)として生まれたのである。私たちは奴隷たるコスモスの主人である。しかし、無明によって自らを縛りつけているのである。生命の唯一の目的は、主体である自分自身客体であるコスモスの主とならせることである。主体を強くすることである。それによって、有限なるコスモスはあなたを支配することをやめるであろう。すなわち、自然法則という効力(MESTの合意)が無効化されるであろう。

「それぞれのアートマンのゴールとは、完全なる自由、コスモス(自然)の支配すなわち物質と想念への奴隷状態からの開放である。外なる自然と内なる自然の完全な支配と統制である。」(ゴータマ・シッダールタの滅後に書かれたインド聖典)
995de46a anonymous 2023-02-11 04:55
>>0c28f9a2

「それぞれのアートマンのゴールとは、完全なる自由、コスモス(自然)の支配すなわち物質と想念への奴隷状態からの開放である。外なる自然と内なる自然の完全な支配と統制である。」

※物質≒MEST、想念≒コンシダレーション
cfbc8974 Old Timer i1b5ibip3kS 2023-02-11 21:37
[Old Timer 随想2023.01.19II]  以前の 戴安寧で処理済みの出来事からも、拡張戴安寧はさらなるチャージを取り出し、消去できることがある。 しかし、これが自由領域の主流になることはないだろう。 ケースをあまりに深く掘るプロセスはさらなるチャージを再刺激する。
f512de8f Old Timer i1b5ibip3kS 2023-02-11 21:44
1952年1月 戴安寧聴聞士公示 第2巻 第7号 ... 自由領域の拡張戴安寧に近いやり方で幅度が戴安寧の聴聞をこなしている。 標準戴安寧や新時代戴安寧にはない技法が使われている。 これらを使えば、クリアー以上のケースレベルでも戴安寧は実行可能になる。 俺は一応この生涯で独自に戴安寧を準OTに対して実行できる工夫を一つ発見したと思ってきたが、一つ前の生涯で戴安寧聴聞士公示 第2巻 第7号を読んだことがあったのかもしれない。もしも以前に俺が準OT用戴安寧を開発したと宣言していたとしたら、ここでそれを取り消すことにする。
82a548a9 Old Timer i1b5ibip3kS 2023-02-11 21:52
>>7adc32b2

マルクス曰く、 "交換価値は、さしあたり、ある一つの種類の使用価値が他の種類の使用価値と交換される量的関係、すなわち比率として現われる。"

マルクスは市場を否定していない。交換価値の根拠は市場での交換なのだ。
346f3621 Old Timer i1b5ibip3kS 2023-02-11 22:08
マルクスは生産について、 "自由に社会化された人間の産物として彼らの意識的計画的管理のもとにおかれる" と述べているが、これも市場を否定していない。生産と消費の両方を計画かつ支配しない限り、、市場で製品・サービスは通貨や別の製品・サービスと交換される。

計画的に生産するのは、株式会社でも同じだ。トヨタはカンバン方式などで綿密な計画生産を実現してきた。

マルクスの理想はゲゼルシャフトでの計画生産だ。ゲゼルシャフトは会社から国家まで、さまざまな形態と規模を取りえる。

アメリカも中国も、例えば、半導体の生産を計画的に進めている。 → https://www.meti.go.jp/press/2021/06/20210604008/20210603008-4.pdf
9d3ed598 Old Timer i1b5ibip3kS 2023-02-11 23:56
戴安寧聴聞士公示 第2巻 第7号での幅度とPCのやり取りを読むと、幅度の質問や指示をPCが理解できず、幅度が言い回しを変えている箇所がいくつもある。 英語の表現力が菜園の実践で不十分になる場合や、英語の経年変化もある。

ギリシャ語の "πίστη" はもともと '信じられるに値すること' を意味していたが、"faith" や "信仰" などと訳されて、本来の意味が伝わらなくなっていることが多い。 "faith" の代わりに "trustworthiness" としている翻訳も読んだことがあるが、まだ広くは使われていない。

菜園も英語の経年変化で意味が正しく伝わらなくなる危険性がある。

そこで、最小の橋については、経年変化が小さいエスペラント語を基にした言語を作り、その言語で技術を記述し、後世の人々がその時代の言語に翻訳して使うことができるようにする方針を採ることにした。
dea21cad Old Timer i1b5ibip3kS 2023-02-12 00:07
また、自由領域を含めた菜園とは別に、エスペラント語サブセットやロジバンなど人工言語を用いる宗派・学派を設立することにした。名称は "Resciologio" (再知学) である。かつて完全なOTだったころ、俺たちは何でも知っていた。 聴聞はかつて知っていたことを再び知るために行うものなのだ。
ba13d782 anonymous 2023-02-12 00:35
>>82a548a9

それは、(マルクスの云う)価値法則と価値規定の混同だ。マルクスは、社会主義の段階においても“価値規定”は残ると述べた。しかし、社会主義の段階においては、資本主義の下の商品交換に基づく“価値法則”はもはや残らない。価値法則が成立するのは、資本主義市場経済の段階までである。社会主義における価値規定とは、個人の労働量に基づく分配であり、その分配の差異は労働に基づく個人の権利として残るのである。これは共産主義の段階においては、社会の生産力が飛躍するので、価値規定さえも不要となる。

また、それは、資本主義を前提としたマルクスなりの一断面の分析である。マルクスが想定した資本主義経済においては、まず産業資本においてブルジョアジーの剰余価値≒搾取が存在し(主に工業向けの産業資本)、次に市場を通じたブラックボックスによる商品価格の決定が行われる過程で剰余価値≒搾取が発生する(この段階で、本来の価値法則は覆い隠されている)。こちらは、主に商業向けの産業資本だ。さらに、『資本論』第三部で扱われる金融資本の剰余価値≒搾取(利息や株主配当などのインカムゲイン)も想定される。

ゆえに、マルクスは社会主義社会(社会主義国家)の段階においては、アソシエーションに基づく社会的計画経済(社会的計画生産と社会的計画分配)を構想しており、資本≒企業を通じた賃労働、市場のブラックボックスを通じた商品価格の決定、通貨(信用貨幣)を通じた流通の全てが廃止されることになる。その一つの試みが「労働証書」を通じた消費手段(消費財)の分配である。

ちなみに、レーニンの『帝国主義論』においては、国家独占資本主義を現代世界の主な支配階級と看做しているので、グローバルな産業資本、国際金融資本、国家の支配階級がブルジョアジーの正体であり、国家の支配階級による通貨発行権や徴税権を通じた搾取も分析対象となる。
835f6b1a anonymous 2023-02-12 01:11
>>dea21cad

以前に、オールド・タイマー氏自身が言語の基礎は発音(つまり音声)だと教えているのだが、なぜ音声と紐付かない人工言語をベースとするのか?ここの主題は、オールド・タイマー氏は非常に詳しいと思われるが、一応、参考のために述べておく。

言語概念は、音声回路に基づいてマインド及び脳のワーキングメモリに分類されかつ保管される。音声の類型が形式的な論理形式に紐付き、さらに表層の形式的な論理形式に深層の意味及び概念と紐付くことによって、コミュニケーションを通じた理解(ARC)が成立する。

人工言語がその普及に失敗するのは、音声類型ではなく論理形式から出発しているからである。言語学における生成文法と認知文法は、表層の論理形式と深層の意味及び概念の相互依存的な関係である。認知と音声認識は切り離せない。ゆえに、究極の認知文法は生成文法を包含するメタ文法であるが、生成文法(のアプローチ)は認知文法を包含することができない。

※ノーム・チョムスキーは、生成文法を通じて普遍的な言語形式を見出そうとしたが、主に欧米の屈折語の諸言語と孤立語化した屈折語である英語を対象としており、膠着語を包含した言語形式への知見が不十分だったために普遍化に失敗し、リベラル派の社会学に逃げてしまった。
12b166f0 anonymous 2023-02-12 01:43
>>346f3621

資本主義経済が“社会的な”生産であることは当たり前だ。マルクスは社会的な生産と資本の私的所有の矛盾が、資本主義における止揚されるべき主要な矛盾であると述べた。

フォード流のベルトコンベアー方式でも、トヨタ流のカンバン方式でも、(ボルボ流の)セル生産方式でも何でも良いが、それらはミクロにおける生産様式の差異であり、資本主義経済システムというマクロの生産様式自体が覆されることにはならない。

マルクスの想定した社会主義社会(社会主義国家)は、資本主義市場経済流の市場や通貨(信用貨幣)を通じた分配を前提としていない。

マルクス・レーニン主義者として、「社会主義においても市場が必要だ」と、最初に述べたのはスターリンだ。以後、日本共産党はスターリンを批判しながら、スターリンの説いた基本原則をそのまま採用することになる。

ティトーのユーゴスラビアの自主管理社会主義でも、資本≒企業の概念を解体し、アソシエーションに基づく連合労働に変革することまではできたが、市場経済と通貨(信用貨幣)を廃止することは遂にできなかった。ゆえに、スターリンは一国社会主義路線(世界革命路線の放棄)も含めて、リアリストとしては(ある意味で)正しかったが、マルクス主義者としては基本教義から逸脱していた。

ちなみに、旧ユーゴスラビアの自主管理社会主義は、産業形態においては、オールド・タイマー氏の述べるゲゼルシャフトそのものである。自主管理社会主義は、市場と通貨(信用貨幣)こそ残存したが、資本≒企業を廃した連合労働(アソシエーション)の概念に基づくプロジェクトごとのフレキシブルな“社会的生産”を行っていた。

民主的な生産様式である自主管理社会主義がうまくいかないのは当たり前である。なぜなら、「(私的)所有」という概念がない限り、人間は生産手段も道具も生産物も大事に扱わないし、それらは適切に管理されないからである。これは、マルクスのイデオロギーそのもの欠陥でもあるし、社会主義及び共産主義の欠陥でもある。
bcd856c8 anonymous 2023-02-12 09:14
>>ba13d782

マルクスの想定では、資本主義市場経済という生産様式が、生産力の発展を阻害するというものであったのだが、歴史に照らして、実際には生産力の発展では資本主義市場経済こそが最も合理性があったことになる。

また、マルクスの構想した社会主義の要件である、①共同決定による労働及び産業の民主化(これは、皮肉にも、社会主義国の東ドイツではなく資本主義国の西ドイツで採用された)と②社会的計画生産に基づく全体最適の実現(合成の誤謬の発生の排除)の要件は、③生産力の飛躍というマルクスの構想したもう一つの社会主義の要件と両立し得なかった。
a35575f3 Old Timer i1b5ibip3kS 2023-02-13 14:36
[Old Timer 随想2023.01.19III] ターミナルとオプタームをグレードで処理する場合、フローは9個になる。 しかし、フロー3がフロー8までに増えるだけなので、一般グレードのフローを増やす必要はない。 また、GPMのターミナルペアを処理する際に、フロー3からフロー8までにリードがあることは少ない。

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