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Old Timer
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2026-09-06 07:28
- ブックワンで語られていたクリアーの完全記憶能力をビアンキ持っているかどうかは、第三者による検証が行われ、ビアンキはそういう能力を示せなかった。
そもそも、クリアーは完全記憶能力を持っているのではないが、幅度自身もクリアーでなかったので、クリアーの能力について勘違いしたのだろう。
幅度がクリアーでなかったため、クリアーの定義は長らく不安定で、何度も変更された。1950年のクリアーは現行生涯の最初のエングラムを消去した人だ。1955年では安定して外在化した人だ。1960年代前半ではGPMクリアーで、1967年から1977年ごろまではCCクリアー、1978年以降は現行の定義になった。
俺は個人的に大姉聴聞士はクリアーであることが望ましいとは思う。PCがクリアーコグを言うことがある。聴聞士がクリアーでない場合、最初の数回はそれがクリアーコグだとはわからないものなのだが、数人のPCのクリアーコグを聞くと、それがそうだと分かってしまう。セッション内で分からなくても、PCは程なくCCRDを受けることになる。すると、聴聞士は既にクリアーコグがどういうものなのかを知っているので、PCとしての自分がクリアーになった瞬間を確定することが著しく困難になってしまう。
幅度は多くの人のクリアーコグを聞いたので、同様の困難を抱えていたんだよ。だから、パワー → R6EW → CCという代替ルートを誰よりも幅度自身が必要としていた。大姉クリアーの確定はクリアーコグというデリケートなものに依存するが、CCクリアーは安定して確定できる。こうして、CCクリアーはクリアーの主流になり、やがて唯一の真のクリアーとして定義された。
しかし、幅度はここでも自分自身のケースとプロセシング経験で視野狭窄に陥っていた。
クリアーは何かのきっかけで想定外に早く実現してしまうことがある。菜園と無関係に実現してしまうこともある。ナチュラルクリアーという概念もこうした流れの中で確立していった。1970年代後半にCCクリアーと当人のクリアーコグのあるあらゆる人をクリアーとして認めることになった。
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